親孝行は自分自身のためにある
こんにちは。
来年は絶対やるなとキツく言われた、元カブトムシブリーダーの遠山です♪
幼虫の時はどうしても気持ち悪いんですよね(笑) 30匹以上になると本当にスゴいことになりますから、ぜひ育成してみて欲しいです♪

※先週のゲリラ豪雨で通行止めがあって、歴史的大渋滞の地元
今年の1月末に親父が亡くなってから早いもので約半年経ちました。(重く書いてないので、ライトに捉えていただきたいです(笑))
新盆なので、実家に帰って墓参りをして、入らしていただいた方々の対応は兄と母がしていて、あ、、、行ったときにはピークは過ぎてました。手伝う気がなかったわけではありませぬ(笑)
で、仏壇で線香をあげているときに、ふと考えてたんです。
あー、こういうことなんだな~…、と。
亡くなる直前か直後に(たぶん直前)10年ほどお付き合いのあるお客様との会話で、
【親孝行は自分の為】
という話をしていたんです。
いやいや、親孝行は親のためでしょ??と思うかもしれませんけど、捉え方次第なのかなと。
普段、あの時こういう風にしておけば良かったな~なんてことは、よく考えると思うんですが、親が死んだときにも同じこと考えるんですよ。あのときもっとこうすればよかったな~って。少なくともボクはそうでした。
孫と触れ合う時間作ったり、自分自身ができることだったり、親へ還元できることを考えるんです。ちょっとしたことから大きいことまで考えるんですが、どこに着地するのか考えると、自己欲求を満たすためなのかなと。結局は相手がどう捉えるかってところなんですが(自分の親でもやることなすこと受け入れてくれるなんて思っていない)、そこを考えると何かやることで精神的に救われるのは結局自分なんですね。

※学生時代に住んでいた時は、ここまで連なっているのは見たことがない
相手がどう捉えるかは別問題で、自己欲求を完結させたいがための行動なのかなと。
もちろん、相手のためを想っているからこその行動の一つ一つなので、ボクも自分に対して「全ては自分のためでしょ」なんて完結できません。少なくとも、相手が喜ぶかどうかくらいは考えているのでw そこまで自分中心だったら、勘当されてるかもしれませんしね(笑)
色々、あとで自分が納得したいから親孝行するんだ、と。精神的な後悔を残さないために、あったとしてもなるべくダメージが小さく済むように…親孝行とは、日頃からコツコツと保険と同じような感覚で積み重ねておくもんなんだと。自分の子供のために貯めておく何かと同じ、親のために貯めておく何か…
乗車率100%越えの特急かいじの車内で、ウトウトしながら想いを馳せていた新盆の夜でした。
さ、明日からまたキレイを積み重ねていきましょ♪